ウェールズってこんな国! 中世の歴史をゆる〜く旅してみよう

「ウェールズ」と聞いて、どんな国かパッと思い浮かぶ人は少ないかもしれません。

でも実はこの国、めちゃくちゃドラマチックな歴史を歩んできた場所なんです。

今回は、1世紀から13世紀ごろまでのウェールズの歴史を、まるで早送りの物語のようにサクッと紹介します。難しい年号を覚える必要はありません。「へえ〜そうなんだ」くらいの気持ちで読んでみてください。

5分の動画で、ざっくり流れをつかみたい方はこちらをどうぞ。

第1話:ケルトの人々がやってきた(〜1世紀)

紀元前、グレートブリテン島(今のイギリスがある島)に、ケルト系の「ブリトン人」という人たちが住み着きました。彼らが暮らしていた土地は、北の一部を除いて「ブリタニア」と呼ばれていました。これが物語の出発点です。

第2話:ローマ帝国、参上(1〜5世紀)

ブリタニアを支配したローマ軍団

そこに現れたのが、当時ヨーロッパ最強クラスの大帝国、ローマ帝国。1世紀にブリタニアへ攻め込み、以後400年近くこの地を支配下に置きます。道路や都市など、ローマ流の文化がこの地に根付いていきました。

→ くわしくは ローマとブリタニアの攻防

第3話:自分たちの手で(5〜7世紀)

ローマが去ったあと、自らの旗を掲げるブリトン人の王

しかしローマ帝国も無敵ではありません。東西に分裂して弱体化すると、5世紀初めにブリタニアから撤退。ローマの影響はしばらく残りつつも、ブリトン人は自分たちの手で自治を始めます。

そして、まさにこの時期に「今のウェールズの原形」となる王室が誕生しました。ウェールズという国のルーツは、ここから始まっているんですね。

→ くわしくは ローマ撤退後、ウェールズ王室が生まれるまで

第4話:ゲルマン民族、押し寄せる(7〜9世紀)

外敵と内乱に荒れた戦乱の時代

今度はゲルマン系の「アングロ・サクソン族」がブリタニアに侵入してきます。彼らが定住した地域が、後の「イングランド」になりました。

追いやられた形になったブリトン人たちは、西側の「ウェールズ」と北側の「スコットランド」に分かれて暮らすことに。ウェールズの人々は、外敵と戦うだけでなく、王位をめぐる内輪もめや疫病にも苦しめられる、なかなか大変な時代を過ごします。

→ くわしくは 外からはマーシア、内からは下剋上――戦乱時代

第5話:ようやく一つに(9〜10世紀)

ウェールズをひとつにまとめた王

それまでウェールズには王室こそあったものの、国全体をまとめる強いリーダーはおらず、小さな国がバラバラに存在している状態でした。

そんな中、ついにウェールズをひとつにまとめる王が登場! ここで初めて「国家としてのウェールズ」の土台が築かれます。

→ くわしくは ロドリ大王とハウェル善王――統一時代

第6話:北と南、ライバル対決(10〜11世紀)

主導権を争う北と南の王家

統一されたと思いきや、今度は国内に複数の王室が並び立ち、特に北部と西南部の勢力が力を持つように。主導権が北へ南へと行ったり来たり…時にはぶつかり合いながら、ウェールズの内政はにぎやかに(?)動いていきます。

→ くわしくは 南北朝+戦国+下剋上――もっとも忙しい231年間

第7話:ノルマン人、再び侵略(11〜13世紀)

独立を守ろうと戦ったプリンス・オブ・ウェールズ

お隣のイングランドを征服したノルマン人が、今度はウェールズにも触手を伸ばしてきます。ウェールズの人々は「プリンス・オブ・ウェールズ」をリーダーに、なんとか独立を守ろうと必死の抵抗を続けました。

→ くわしくは 「プリンス・オブ・ウェールズ」の誕生から独立の終焉まで

第8話:それでも諦めない(13〜15世紀)

征服されてもなお、立ち上がり続けた人々

しかし13世紀末、ついにウェールズはノルマン・イングランドに征服されてしまいます。それでも人々は諦めません。各地で「独立を取り戻そう」という反乱が何度も起こりました。残念ながらそのすべてがイングランドに鎮圧されてしまうのですが…。

→ くわしくは 三人の“自称プリンス・オブ・ウェールズ”が挑んだ独立戦争。その後、ウェールズの血筋がイングランド王室になる番外編は テューダー家とウェールズの血筋

振り返ってみると

こうして並べてみると、ウェールズの歴史って本当にドラマの連続ですよね。

  • 大帝国ローマに支配された時代
  • 自分たちの手で自治を取り戻した時代
  • 外敵と戦い、内輪もめもあった時代
  • ようやく国としてまとまった瞬間
  • 北と南のライバル関係
  • 大国ノルマン・イングランドへの抵抗
  • 征服されてもなお続いた独立への反乱

個人的にグッとくるのは、王室がひとつにまとまっていく過程や、それにまつわる争いと変化です。

そして13世紀末に征服されたあとも、独立を諦めずに立ち上がり続けたウェールズの人々の姿には、じんとくるものがあります。

ちょっと切ないですが、それもまた歴史の魅力の一つだと思います。

知らなかった国の歴史を知ると、その国の成り立ちや、そこに生きた人々の想いがぐっと身近に感じられます。ウェールズという国を、これからはちょっと違った目で見られそうです。

この記事の内容は YouTube の動画 で、8つの時代に分けて5分で解説しています。よければそちらもご覧ください。

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