なぜウェールズの国旗には「赤い竜」がいるの? 〜悪魔からヒーローへの大変身物語〜

ウェールズの国旗、見たことはありますか? 白と緑の背景に、どーんと赤い竜が描かれています。かっこいいですよね。
でも実はこの竜、もともとは「悪の象徴」だったって知っていましたか? それがどうやってウェールズの誇り高きシンボルになったのか――今日はその1500年越しの大逆転ストーリーをお届けします。
そもそも「竜」って悪者だった
ウェールズはキリスト教の国。そしてキリスト教の世界では、竜=悪魔というイメージが伝統的にありました。蛇に翼が生えた姿は、まさに「天使に対抗する悪魔」の象徴だったのです。
ウェールズの古い伝説にも、こんな物騒な話が残っています。
蛇が人間の母乳を飲むと翼が生え、「グイベル」という空飛ぶ怪物(つまりドラゴン)になり、通りがかる人を襲う
……なかなかホラーですね。つまり竜は最初、みんなに恐れられる「悪いやつ」だったわけです。
竜の旗を持ち込んだのは、まさかのローマ軍
面白いことに、ブリテン島で最初に「竜の旗」を使ったのはウェールズ人ではなく、なんとローマ軍でした。

1世紀から5世紀初め、ブリテン島(当時は「ブリタニア」と呼ばれていました)はローマ帝国に支配されていました。その頃ローマ軍が使っていた軍旗が「ドラコ(draco)」と呼ばれるトカゲ型の旗。これが2〜4世紀ごろ、ローマ軍に加わっていたサルマチア人の兵士たちによってブリタニアに持ち込まれたと言われています。
敵を威嚇したり、魔除けの意味もあったのかもしれません。この「ドラコ」こそが、後のレッドドラゴンのルーツなのです。
ウェールズ王室の始祖も竜を掲げた
5世紀前半、キネダという人物が登場します。もとはスコットランド・エジンバラ付近の首長でしたが、北ウェールズに移り住んで国を興しました。彼こそがウェールズ王室の開祖とされる人物です。
当時はまだローマ軍のドラコがブリタニアに残っていた時代。キネダもこの流れを受け継いだのではと考えられています。実際、こんな記録も残っています。
キネダが戦争に行くときには、赤い黄金の竜が彼の上に掲げられた
伝説のアーサー王にも竜が登場
ウェールズといえば、やっぱりアーサー王伝説は外せません。実はここにも竜の話が出てきます。
アーサー王の父は「ウーサー・ペンドラゴン」という名前。ウェールズ語で「ペン」は頭という意味なので、「頭に竜をかぶった人」みたいなイメージだったのかもしれません。
さらに有名なエピソードがあります。当時ブリタニアを治めていたヴォーティガンという首長が、要塞を作ろうとするたびに崩れてしまうという困った事態に。魔法使いマーリンに調べさせたところ、地下で赤い竜と白い竜が戦っていることが判明します。

このとき、赤い竜=ブリタニア(ウェールズ)、白い竜=侵略してきたアングロ・サクソン人を表すとされました。つまりこの時点で、赤い竜は「自分たちの味方」というイメージがつき始めたのです。
「英雄の証」として定着していく
7世紀、ウェールズ北部を治めていたカドワラドル王が、軍旗に赤い竜を使ったという伝説があります。彼はキネダの子孫であり、アーサー王伝説を信じ、マーリンの予言をも信じていたと言われます。この旗こそ、現在の国旗に描かれている赤い竜の直接のルーツとされています。
そして時代は下って15世紀。イングランドの支配に苦しんでいたウェールズで、王室の血を引くオウァイン・グリンドゥールが反乱を起こします。彼が掲げたのも赤い竜の旗でした。
結局この反乱は鎮圧されてしまいますが、オウァインは今もウェールズ最大の英雄として語り継がれています。ここで赤い竜は完全に「悪魔」から「英雄の象徴」へと生まれ変わったのです。
ダメ押しは、あのイングランド王
最後の決め手となったのが1485年の薔薇戦争。ウェールズ王室の血を引くヘンリー・テューダーが、ボズワースの戦いでリチャード3世を破り、イングランド王ヘンリー7世となります。

このときヘンリーが掲げたのも、やっぱり赤い竜の旗でした。理由はかなり戦略的です。
- 自分がウェールズ王室(先祖カドワラドル)の血を引くことをアピール
- テューダー家のシンボルカラー、緑と白も旗に採用
- 「自分こそアーサー王の生まれ変わりだ」と宣伝
この作戦は見事にハマり、アーサー王の復活を信じたウェールズの人々はヘンリーのもとに結集。見事イングランド王の座を勝ち取りました。以降、ウェールズの人々は政治的にも重用されるようになります。
まとめ:1500年かけての大出世
振り返ってみると、赤い竜の旅はこんな感じです。
- キリスト教で「悪魔の象徴」
- ローマ軍が持ち込んだ軍旗のモチーフ
- ウェールズ王室の紋章
- アーサー王伝説で「ウェールズの守護者」に
- 反乱の英雄オウァインが背負う
- ヘンリー7世が政治利用して国全体のシンボルに
一つの生き物のイメージが、時代と共にこれだけ意味を変えていくのはなかなか珍しいことです。今、私たちが見ているウェールズ国旗の赤い竜には、1500年分の伝説と誇りが詰まっているんですね。



