中世ウェールズの王様は、なぜみんな「あだ名持ち」だったのか?

イギリスの西側にある小さな国、ウェールズ。実はこの国の中世の王様たち、ちょっとびっくりするような「あだ名」で呼ばれていました。
「ノッポ王」「ハゲ王」「そばかす王」…。まるでクラスの人気者につけられたあだ名みたいですが、これがれっきとした歴史上の呼び名なんです。今回は、そんなウェールズ王の名前とあだ名にまつわる、面白くて少し切ない歴史をご紹介します。
まずは1分の動画で、ざっくり雰囲気をつかみたい方はこちらをどうぞ。
ウェールズって、どこにあるの?
ウェールズはイギリス(グレートブリテン島)の西側、地図で見るとイングランドの左隣にちょこんと飛び出した地域です。スコットランド、北アイルランドと並ぶ、イギリスを構成する4つの「国」のひとつ。中世には独自の王室を持つ、独立した国でした。
「イチロー君だらけの教室」状態だった王様の名前
まず最初の謎。5世紀から13世紀までのウェールズ王、なんと88人もの名前を調べてみると、驚くほど同じ名前が集中しているんです。
- 1位:グリフィズ(Gruffydd) — 11人
- 2位タイ:ハウェル、ロドリ、マレディッズ、オウァイン — 各5人
- 6位タイ:リース、ラウェリン — 各4人
なんと、この7種類の名前だけで88人中の約半分を占めてしまいます。
たとえるなら、小学校のクラスに「イチロー君」が5〜6人いて、さらに「タロー君」「ケンタ君」「アキラ君」「リョー君」がそれぞれ2人ずついるようなもの。先生が「イチロー君!」と呼んだら、何人もが同時に「はい!」と返事をしてしまう——そんな混乱が、当時のウェールズの宮廷でも起きていたかもしれません。
そもそも「苗字」が存在しなかった
名前がかぶりやすかった理由のひとつが、当時のウェールズには苗字という概念がなかったこと。では、同姓同名だらけでどう区別していたのかというと、自分の名前の後ろに「父の名前」をくっつけていました。
例えば「グリフィズ・アプ・ラウェリン」という名前は、「ラウェリンの息子、グリフィズ」という意味になります。この「ap(アプ)」が「〜の息子」を表す言葉です。
日本語で例えるなら、「けんの子、あきら」「しょうごの子、ゆうと」といった呼び方でしょうか。今の感覚だと少し不便そうですが、当時はこれが標準的な名乗り方でした。
それでも紛らわしい! だからこそ「あだ名」
父親の名前をつけても、結局は名前のバリエーションが少ないので、やっぱり紛らわしい。そこで登場するのが、庶民にも親しみやすいあだ名です。特に多かったのが、見た目の特徴や体の一部にちなんだニックネーム。実際にどんな王様がいたのか、見ていきましょう。
① ノッポ王 — Rhun Hir(リン・ザ・トール)

6世紀のウェールズ王。背が高くて美男子だっただけでなく、非常に賢く、あのアーサー王の相談役を務めたとも言われています。いわば「ブリテン島ナンバーワンのご意見番」だったわけです。
② 長い手王 — Cadwallon Long Hand(カドワロン・ロングハンド)

こちらも6世紀の王様で、武勇に優れていました。伝説によれば、腕がとても長く、立ったまま地面の石を拾えたのだとか。実際どこまで本当かは分かりませんが、それだけ印象的な体格だったのでしょう。
③ 白い歯王 — Owain Ddantgwyn(オウァイン・ホワイトトゥース)

ロングハンドの弟にあたる王様。実はこの人、アーサー王のモデル候補の一人とも言われています。「白い歯」というあだ名は、実際の歯というより、キラリと輝く剣を指しているという説も。もしそうだとしたら、それこそ伝説の剣エクスカリバーのことかもしれません。
オウァインについては、別の記事でくわしく紹介しています。
④ ハゲ王 — Idwal Foel(イドワル・ザ・ボールド)

ウェールズ王室の主流派の中心となった王様ですが、あだ名はまさかの「ハゲ」。若い頃から髪の心配をしていたのでしょうか……歴史に名を残す王様でも、こういう身も蓋もないあだ名がつくところに、当時の人々の飾らない感覚が垣間見えます。
その他のユニークなあだ名たち
- Idwal Iwrch(イドワル・ザ・ロウバック)= 「イドワル・ザ・鹿」
- Merfyn Frych(メルヴァン・ザ・フレックルド)= 「メルヴァン・ザ・そばかす」
- Llywelyn the Last(ラウェリン・ザ・ラスト)= 「最後のラウェリン」
最後の「ラウェリン・ザ・ラスト」だけは、少し意味合いが違います。彼はウェールズ最後の独立した君主で、この後ウェールズはイングランドに征服されてしまいます。ユーモラスなあだ名が多い中、ふと歴史の重みを感じさせる名前です。
王様なのに、この親しみやすさ
当時、絶大な権力を持ち、歴史に名を残すほどの王様たちが、「ハゲ」だの「そばかす」だのと呼ばれていたというのは、なんだか微笑ましい話です。ウェールズの人々にとって王様は、遠い雲の上の存在というより、身近で親しみやすい「あの人」だったのかもしれません。
名前ひとつ、あだ名ひとつをたどるだけでも、その国の人々の気質や暮らしぶりが見えてくる——それが歴史の面白いところですね。
この記事の内容は YouTube のショート動画 でも1分にまとめています。よければそちらもご覧ください。


