記事一覧
全26本。新しい記事から順に並んでいます。
復讐を捨てた王? 「祝福された」カドワラドル・アプ・カドワロンの生涯
仇を討って国を取り戻す……はずが、出陣の日に天からの声を聞いて戦うのをやめてしまった王さま。7世紀のグウィネズの王カドワラドルは、なぜ「祝福された王」と呼ばれ、のちのテューダー家にまで慕われたのか。その生涯を、ゆる〜くご紹介します。
幼なじみが宿敵に? ウェールズの英雄王カドワロン・アプ・カドヴァンの生涯
一緒に育った幼なじみが、国を奪い合う宿敵に。7世紀の北ウェールズの王カドワロンは、ノーサンブリア王エドウィンに国を追われながらも、マーシア王ペンダと手を組んで逆転します。ウェールズでは英雄、イングランドでは暴君と呼ばれた王さまの生涯を、ゆる〜くご紹介します。
最も嫌われたウェールズ王 マエルグウィン・グウィネズ ― 「島の竜」と呼ばれた6世紀の暴君
叔父から王位を奪い、妻と甥を手にかけ、教会の財宝までだまし取ろうとした6世紀のグウィネズ王マエルグウィン。同じ時代の修道士から「島の竜」とまで呼ばれた、ウェールズでいちばん嫌われた王さまの物語を、ゆる〜くご紹介します。
亡命した少年は、ブリタニアの王になった――アーサー王のモデルとも言われる、アンブロシウス・アウレリアヌスの生涯
兄をヴォーティガンに殺され、弟ウーサーとともに海の向こうブリタニーへ逃れた少年アンブロシウス。成長してデヴォンに上陸し、ワロップの戦いで仇を討ち、ヘンギスト率いるアングロ・サクソンから国を守った5世紀のブリタニア王。マーリンとストーンヘンジの伝説、恩赦が招いた最期、そして甥アーサー王へ。“アーサー王のモデル”とも言われる英雄の生涯をたどります。
ローマ帝国に二度立ち向かった“老王”――ブリタニア王エウダヴ・ヘンの生涯
4世紀、ローマ帝国の支配下にあったブリタニアで「見下された」と反旗を翻し、ブリタニア王を名乗ったウェールズの首長エウダヴ・ヘン。勝利、北での完敗、ノルウェーへの逃亡、仲間に迎えられての返り咲き。そして最後は娘ヘレンとマグヌス・マクシムスの結婚で国を守りました。『マクセンの夢』やアーサー王の血筋にもつながる“意志の強い老王”の生涯をたどります。
暴君の息子は“ブリテン一の助言者”になった――グウィネズ王ラン・ヒルの生涯
“悪魔のような王”と呼ばれた暴君マエルグウィンの息子、ラン・ヒル(背の高いラン)。父の命令に振り回された王子時代、約40年にわたるグウィネズの統治、義弟の死から始まった北との戦争と、はるかフォース湾への遠征。そしてアーサー王物語で“ブリテン一の助言者”として語り継がれるまで。暴君の父とは違う姿で記憶された王の生涯をたどります。
60歳で全部捨てて国を興した男――ウェールズの創始者キネダに学ぶ“勝負どころ”の見極め方
今のウェールズの原形となる国をつくりながら、記録が少なくほとんど知られていない5世紀の英雄キネダ・アプ・エダン。ピクト族と戦い、ヴァイキングを味方につけ、北部ブリタニアを掌握したのち、60歳で領土も地位も捨てて一族を率いてウェールズへ。10年かけて調べた創始者の生涯を、「生き方に活かせる勝負どころの見極め方」という視点でまとめました。
自由の代償は“自分の身は自分で守れ”――ローマ撤退後、ブリトン人が試されたウェールズ黎明期
410年、ローマ軍が去ったブリタニアは、自分たちの手で国を守らねばならなくなりました。傭兵として招いたヘンギスト兄弟の裏切り、北から一族を率いて移住したキネダによるグウィネズ建国、悪魔と呼ばれた暴君マエルグウィン、幼なじみ同士の対決、そして復讐を捨てて最後のブリタニア王となったカドワラドル。ウェールズ王室が生まれた5〜7世紀の激動をたどります。
使用人と王妃の恋が、イギリスの歴史を変えた――テューダー家とウェールズの血筋
13世紀末に征服され、途絶えたかに見えたウェールズ王室の血筋。それを蘇らせたのは、王妃の衣装係だったウェールズ人使用人オーウェン・テューダーの“逆玉の輿”でした。舞踏会での恋、駆け落ち、処刑、そして孫ヘンリーがボズワースの戦いで王座をつかむまで。薔薇戦争を終わらせ、イングランド・ウェールズ・スコットランドを血筋で結んだ番外編です。
奪われた称号を取り戻せ――三人の“自称プリンス・オブ・ウェールズ”が挑んだ独立戦争
1282年、プリンス・オブ・ウェールズの称号はイングランドに奪われました。それでもウェールズの人々は諦めません。コンウィ城まで追い詰めたマドック、フランスで戦った傭兵隊長ラウゴッホ、そして戦いを望まなかったはずの最後の英雄オウァイン・グリンドゥール。三人の“自称プリンス・オブ・ウェールズ”が挑んだ独立戦争をたどります。
「プリンス・オブ・ウェールズ」はこうして生まれ、こうして奪われた――黄金期から独立の終焉まで
ウェールズの統治者が掲げた称号「プリンス・オブ・ウェールズ」。ヘンリー2世を二度撃退したオウァイン大王の黄金期、兄弟を次々と手にかけたダヴィッズ、ジョン王と渡り合ったラウェリン大王、そして1282年に散ったラウェリン・ザ・ラストまで。称号の誕生から独立の終焉、今もイングランド皇太子に受け継がれる理由までをたどります。
南北朝+戦国+下剋上? ウェールズ史上もっとも忙しい231年間
ハウェル善王の統一もつかの間、ウェールズ王家は北のアベルファラウ家と南のディネヴァウル家に分裂。950〜1181年、統治者が9人も入れ替わり、農民出身の下剋上まで起きた“ウェールズ版南北朝時代”。頂点から転落した統一者、ウェールズ史上唯一の全土統一、慈悲深き王、そしてノルマン人との死闘まで、目まぐるしい231年間をたどります。











