「アーサー王」は実在した? 北ウェールズの王様たちの意外な物語

みなさんは「アーサー王」という名前を聞いたことがありますか? 円卓の騎士、聖剣エクスカリバー、魔法使いマーリン……中世イギリスを舞台にした、あの有名な伝説の主人公です。

実はこのアーサー王、5〜6世紀の北ウェールズに実在した王様たちがモデルになった可能性がある、という説があるんです。今回は、その「本当は誰だったの?」というちょっとワクワクする話を、家系図をたどりながらご紹介します。

まずは家系図をチェック

登場するのは、ウェールズ王家のご先祖さまキネダから始まる、5代にわたる王様たち。名前だけ見ると覚えにくいかもしれませんが、それぞれに面白い「あだ名」がついているので大丈夫。あだ名を手がかりに読み進めてみてください。

北ウェールズ王家とアーサー王伝説の対応(家系図)

① せっかち者エイニオン → ウーサー王のモデル?

竜の飾りの兜をかぶった、せっかち者のエイニオン

ウェールズ王家を興したキネダには、8人も息子がいました。その中から後継ぎに選ばれたのが、一番できが良かったエイニオン。

彼には「イース(せっかち)」というあだ名がついていました。実はこの「イース」という音、アーサー王のお父さんであるウーサー王の名前や、アーサー本人の名前にもどこか似ているんです。

しかも、もしエイニオンがドラゴンの飾りがついた兜をかぶっていたとしたら……「イース・ペン・ドラゴン」。ウーサー王の名前によく似た響きになります。偶然とはいえ、ちょっとゾクゾクしませんか?

② 長い手のカドワロン → 反逆した王のモデル?

体を曲げずに石を拾う、長い手のカドワロン

エイニオンの後を継いだのは息子のカドワロン。「ロングハンド(長い手)」というあだ名の通り、体を曲げずに足元の石を拾って敵を打ち払ったという、豪快な戦士エピソードの持ち主です。

アーサー王物語には、アーサーが即位したばかりの頃、11人の王たちが反乱を起こす場面があります。その1人「クラデルマント王」のモデルが、このカドワロンではないかと言われています(ちなみに物語の中では、後にアーサーと仲直りして一緒に戦うことになります)。

③ 白い歯のオワイン → アーサー王本人?

白く輝く剣を掲げる、白い歯のオワイン

カドワロンの弟オワインは、兄と共に領土を広げた実力者。あだ名は「ダントグウィン(白い歯)」でした。

本来なら兄の跡を継ぐはずだったオワインですが、それに納得できなかった甥のマエルグウィンと、北ウェールズの「カムランの谷」で激突。オワインは敗れて命を落としてしまいます。

ここがポイントです。「白い歯」は「白く輝く剣」とも読み替えられ、あの聖剣エクスカリバーを連想させます。さらに戦いの舞台「カムランの谷」は、アーサー王物語で主人公アーサーが甥のモルドレッドと戦った地の名前とそっくり。つまりオワインは、一人の戦士としてのアーサー王のモデルになったのでは、と考えられているのです。

オワインについては、こちらの記事でくわしく紹介しています。

④ マエルグウィン → 裏切りの騎士、モルドレッド?

百人の騎士に囲まれ、玉座に座るマエルグウィン

オワインを打ち破り、北ウェールズの王になったのがマエルグウィン。勢力をどんどん広げ、当時のブリタニアでも屈指の権力者になったことから「マエルグウィン・グウィネズ」とも呼ばれました。

物語の中では、強力な騎士「百人の騎士の王マラグウィン」のモデルとされ、父カドワロンと共に登場します。加えて、叔父オワインと骨肉の争いを繰り広げた経緯から、アーサーを裏切る甥「モルドレッド」のモデルという説もあります。

⑤ クネグラシス → 実はこの人もアーサー?

「熊の砦」の門に立つ、赤毛のクネグラシス

最後はオワインの息子、クネグラシス。彼についてはあまり多くのことが分かっていませんが、「ゴッホ(赤)」というあだ名があり、ウェールズの象徴レッドドラゴンを連想させます。

さらに「熊(Arth)」というあだ名も持ち、「熊の砦」を意味する場所に住んでいたとか。ウェールズ語で「熊」を意味するこの響きが、アーサー(Arthur)という名前ともつながって見えてくるのが面白いところです。

まとめ:史実と伝説のはざまで

こうして見てみると、中世の北ウェールズの王様たちには、アーサー王物語に登場する人物や出来事とそっくりなエピソードがいくつも見つかります。もちろんこれは「こうだったに違いない」という確定した話ではなく、あくまで一つの説。でも、実在した人々の記憶が、何百年もかけて一つの壮大な伝説に姿を変えていった……と考えると、ロマンがありますよね。

ウェールズの歴史を少し知るだけで、アーサー王物語の見え方がガラッと変わってくる。そんな発見の楽しさを感じていただけたら嬉しいです。

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