亡命した少年は、ブリタニアの王になった――アーサー王のモデルとも言われる、アンブロシウス・アウレリアヌスの生涯

アーサー王のモデルではないか、と言われる人物がいます。5世紀のブリタニアの王、アンブロシウス・アウレリアヌスです。兄を殺されて国を追われた少年が、海の向こうで育ち、仇を討ち、侵略者から国を守る――その生涯は、まるで英雄物語そのもの。年代順にたどってみましょう。

なお、これからお話しする内容は、中世の年代記や伝説などをもとに僕の解釈も加えたものです。物語としてお楽しみください。

ローマ皇帝の血を引く名門に生まれて

アンブロシウスは400年頃、ブリタニア南部に生まれました。父方の祖父はローマ皇帝だったとされ、一族はみなローマ風の名前を名乗る名門です。

ただ、生まれも育ちもブリタニア。ローマの血を引きながら、ブリタニアの人として生きた王子でした。

兄を殺され、海の向こうへ

411年頃、運命が大きく動きます。ブリタニアの王だった兄コンスタンス2世が、首長ヴォーティガンに殺されたのです。ヴォーティガンは兄に代わって権力を握りました。

幼いアンブロシウスは、弟ウーサーとともにブリタニアを脱出します。逃れた先は海の向こう、ブリタニー(今のフランス・ブルターニュ地方)。叔父のアルドリエン王や従兄のブディック1世のもとに身を寄せ、兄弟はこの地で成長していきました。

弟ウーサーとともにブリタニーへ逃れるアンブロシウス

胸にあったのは、兄の仇を討ち、ブリタニアを取り戻すという思いです。

仇敵ヴォーティガンとの決着

時は流れ、成長したアンブロシウスはついにブリテン島へ戻ります。上陸したのは南西部のデヴォン。

デヴォンに上陸し、人々に迎えられるアンブロシウスと弟ウーサー

ブリタニアの人々の協力を得て、437年頃、ハンプシャーのワロップの戦いでヴォーティガンを打ち破り、王の座と領土を取り戻しました。

ワロップの戦いで、仇敵ヴォーティガンと激突するアンブロシウス

その後も二人は幾度となく戦い、アンブロシウスはヴォーティガンを徹底的に追い詰めます。伝説によれば、反撃をたくらんでいたヴォーティガンは、最後は雷に打たれて命を落としたといいます。

侵略者から国を守る

もうひとつの大きな使命が、ブリタニアに押し寄せるアングロ・サクソン族を食い止めることでした。かつてヴォーティガンが招き入れたヘンギストとホルサの兄弟の勢力です。

苦しい戦いが続きましたが、アンブロシウスは弟ウーサーと力を合わせ、マエスベリの戦いやコインスバラの戦いで勝利を重ね、ついに敵の首領ヘンギストを倒します。ブリタニアには、しばしの平和が戻りました。

アングロ・サクソンと戦うアンブロシウス

マーリンとストーンヘンジの伝説

アンブロシウスには、不思議な伝説も残っています。魔法使いマーリンの力を借りて、巨石を運ばせ、あのストーンヘンジを築いたというのです。サクソン人との戦いで命を落としたブリトン人たちを弔うためだった、と伝説は語ります。

魔法使いマーリンが巨石を運び、ストーンヘンジを築く伝説

実際には、ストーンヘンジはアンブロシウスが生まれるずっと前からそこにありました。それでもこうした伝説が生まれたこと自体、彼がどれほど人々に慕われた王だったかを物語っています。

恩赦が招いた最期

戦いに勝ったアンブロシウスは、敵にも情けをかける王でした。ヴォーティガンの息子に恩赦を与え、ブリタニアの一部の領地まで任せたのです。

ところがこの息子、父に似てくせのある人物でした。何度も反乱を起こし、ついにはアンブロシウスに毒を盛ります。誠実さゆえの油断が、王の命を奪ったのでした。

毒に倒れたアンブロシウスと、そばで嘆く弟ウーサー

そして、アーサー王へ

アンブロシウスの後を継いだのは、ともに亡命し、ともに戦った弟ウーサー。そしてそのウーサーの息子こそが、のちのアーサー王だとされています。つまりアンブロシウスは、アーサー王の伯父にあたるのです。

亡命からの帰還、仇敵との決着、侵略者との連戦連勝。アンブロシウスの生涯は、のちに語られるアーサー王の物語と重なるところがたくさんあります。彼がアーサー王のモデルではないか、と言われるのもうなずけます。

アンブロシウスはどんな人物だったのか

兄を殺されても、くじけずに力を蓄え、仲間とともに国を取り戻す。侵略者からは国を守り、敵の息子にさえ情けをかける。アンブロシウスは、真面目で誠実な王でした。「正義は勝つ」――そんな言葉がよく似合う、ブリタニアの英雄です。

アンブロシウスが生きた時代の全体像は、ブリタニア時代の記事で紹介しています。

関連する記事

ローマ帝国に二度立ち向かった“老王”――ブリタニア王エウダヴ・ヘンの生涯

4世紀、ローマ帝国の支配下にあったブリタニアで「見下された」と反旗を翻し、ブリタニア王を名乗ったウェールズの首長エウダヴ・ヘン。勝利、北での完敗、ノルウェーへの逃亡、仲間に迎えられての返り咲き。そして最後は娘ヘレンとマグヌス・マクシムスの結婚で国を守りました。『マクセンの夢』やアーサー王の血筋にもつながる“意志の強い老王”の生涯をたどります。

暴君の息子は“ブリテン一の助言者”になった――グウィネズ王ラン・ヒルの生涯

“悪魔のような王”と呼ばれた暴君マエルグウィンの息子、ラン・ヒル(背の高いラン)。父の命令に振り回された王子時代、約40年にわたるグウィネズの統治、義弟の死から始まった北との戦争と、はるかフォース湾への遠征。そしてアーサー王物語で“ブリテン一の助言者”として語り継がれるまで。暴君の父とは違う姿で記憶された王の生涯をたどります。

60歳で全部捨てて国を興した男――ウェールズの創始者キネダに学ぶ“勝負どころ”の見極め方

今のウェールズの原形となる国をつくりながら、記録が少なくほとんど知られていない5世紀の英雄キネダ・アプ・エダン。ピクト族と戦い、ヴァイキングを味方につけ、北部ブリタニアを掌握したのち、60歳で領土も地位も捨てて一族を率いてウェールズへ。10年かけて調べた創始者の生涯を、「生き方に活かせる勝負どころの見極め方」という視点でまとめました。

おすすめ記事

「アーサー王」は実在した? 北ウェールズの王様たちの意外な物語

円卓の騎士、聖剣エクスカリバー、魔法使いマーリン。あの有名なアーサー王伝説は、5〜6世紀の北ウェールズに実在した王様たちがモデルかもしれません。せっかち者エイニオン、長い手のカドワロン、白い歯のオワイン、マエルグウィン、クネグラシス。5代の王をあだ名を手がかりにたどり、伝説との重なりを探ります。