上座も下座もないテーブルに、選ばれた騎士だけが座れた。円卓の騎士とは何者で、なぜ最後はバラバラになったのか

「アーサー王と円卓の騎士」。名前は聞いたことがあっても、「で、円卓の騎士って結局なに?」と聞かれると、ちょっと困ってしまいませんか?
丸いテーブルに座った騎士たち。なんとなくかっこいいイメージはあるけれど、いつ、だれが、何のために作ったのか。どんな人が選ばれて、何をして、最後はどうなったのか。改めて考えると、知らないことだらけです。
実はこの円卓、ただの家具ではありません。「王と家来がどう付き合えばうまくいくのか」という、とても人間くさい悩みから生まれた、ひとつの仕組みなんです。そしてその仕組みは、物語の中で大きな成功をおさめ、最後には内側から壊れていきます。
今回は、円卓の騎士の始まりから終わりまでをたどりながら、そこから僕たちが学べることまで考えてみます。
なお、これからお話しする内容は、中世の物語や伝説などをもとに僕の解釈も加えたものです。円卓の騎士は書き手によって設定がかなり違うので、ここでは主に、15世紀のイングランドでトマス・マロリーがまとめた『アーサー王の死』を軸に、ほかの版も「一説には」で紹介していきます。物語としてお楽しみください。
いつ、どこで? 円卓は12世紀の物語の中で生まれた
円卓が初めて文字で書かれたのは、1155年ごろ。ノルマンディー出身の詩人ヴァースが書いた『ブリュ物語』の中です。
ヴァースの物語は、その約20年前にジェフリー・オブ・モンマスが書いた『ブリタニア列王史』を、フランス語の詩に書き直したものでした。ところが、元になったジェフリーの本には、円卓は一度も出てきません。円卓は、ヴァースが付け加えたものなんです。ヴァース自身は「ブルターニュの人々が円卓についてたくさんの話を語っている」と書いていますが、本当に古い言い伝えがあったのかどうかは、はっきりしていません。
では、物語の中で円卓はどこにあったのか。アーサー王の都といえばキャメロット城ですね。マロリーは「キャメロット、つまり今のウィンチェスター」と書いていて、イングランド南部の町ウィンチェスターだという説があります。ただ、マロリーの本を出版したキャクストンは「キャメロットはウェールズにある」と書いていたりして、ここも意見が分かれるところです。
ちなみに、もっと古いウェールズの物語『キルッフとオルウェン』にもアーサーの宮廷は出てきて、200人以上の家来の名前がずらりと並びます。でも、円卓はまだありません。円卓の騎士という「チーム」の形は、12世紀以降に少しずつ作られていったものなんです。
だれが、何のために? 席順のケンカをなくすためだった
円卓を作った理由は、意外なほど現実的です。
ヴァースによると、アーサーのもとには各地から強い領主や騎士たちが集まっていました。みんな自分こそいちばん偉いと思っているので、宴会のたびに「どっちが上の席に座るか」でもめてしまう。そこでアーサーは、上座も下座もない丸いテーブルを作らせました。丸ければ、誰がどこに座っても上下がつきません。
13世紀のはじめにイングランドの詩人ラヤモンが書いた『ブルート』では、この話がもっと派手になります。クリスマスの宴会で席順をめぐる口げんかが本物の乱闘になり、死者まで出てしまう。困ったアーサーのもとに、コーンウォールの大工が現れて「1600人が座れて、しかも持ち運べるテーブルを作りましょう」と申し出るんです。旅先でも使える円卓、ちょっと便利すぎますよね。
一方、同じころフランスのロベール・ド・ボロンが書いた『メルラン』では、円卓を作ったのは魔法使いマーリン。しかも作らせたのはアーサーではなく、父親のウーサー王でした。マーリンは、イエス・キリストが弟子たちと囲んだ最後の晩餐のテーブルにならって円卓を作り、そこには必ず一つ、空いたままの席が用意されました。キリストを裏切ったユダの席を表す、特別な席です。
そしてマロリーの『アーサー王の死』では、円卓はウーサー王からキャメリアードのレオデグランス王の手に渡り、アーサーが王女グィネヴィアと結婚するときに、嫁入り道具として100人の騎士と一緒にやってきます。

作った人も時期も、物語によってバラバラ。でも「強い人たちを、ケンカさせずに一つにまとめたい」という目的は、どの話にも共通しています。
何人いたの? 13人から1600人まで
「円卓の騎士は何人いたの?」という質問には、実は答えがありません。物語によって、12人や13人のこともあれば、150人、250人、ラヤモンの1600人まで、本当にバラバラなんです。マロリーの中だけでも、150人と書かれたり、300人と書かれたりしています。
有名なところでは、イングランドのウィンチェスター城に今も飾られている大きな円卓(これについては後でくわしくお話しします)。ここには、アーサー王の席と、24人の騎士の名前が描かれています。主なメンバーを紹介しますね。
| 名前 | どんな騎士? |
|---|---|
| ランスロット | 円卓でいちばん強い騎士。王妃グィネヴィアと許されない恋をする |
| ガラハッド | ランスロットの息子。心の清らかさで聖杯にたどり着く |
| ガウェイン | アーサーの甥。朝から昼にかけて力がどんどん強くなる |
| パーシヴァル | 騎士に憧れて森から出てきた若者。聖杯探索の主役の一人 |
| ボールス | ランスロットのいとこ。聖杯探索から生きて帰ったただ一人 |
| トリストラム | 悲恋物語「トリスタンとイゾルデ」の主人公 |
| ガレス | ガウェインの弟。台所の下働きから騎士になった |
| ラモラック | ペリノア王の息子。最強クラスの騎士の一人 |
| パロミデス | 異国(サラセン)出身の騎士。イゾルデをめぐってトリストラムと争う |
| ケイ | アーサーの義理の兄。口が悪いけれど王への忠誠は本物 |
| ベディヴィア | 最後にエクスカリバーを湖に返した騎士 |
| ライオネル | ボールスの兄で、ランスロットのいとこ |
| ルーカン | アーサーの執事役。カムランの戦いまで王のそばにいた |
| モルドレッド | アーサーの甥、または息子。最後にアーサーを裏切る |
ほかにも、ペレアス、ブレオベリス、ラ・コート・マル・タイユ(だぶだぶの上着、というあだ名の騎士)、サフィル、エクター・ド・マリス、道化師としても知られるダゴネットなどの名前が並んでいます。
どうすれば座れる? 条件は「強さ」と「心」
円卓の騎士には、誰でもなれるわけではありません。
マロリーによると、新しい騎士が迎えられるのは、席が空いたときだけ。しかも、前にその席に座っていた騎士より、勇気と手柄で上回っていることを見せなければなりませんでした。席にはそれぞれ持ち主の名前が金の文字で浮かび上がる、という不思議な仕掛けまであったといいます。
そして、円卓の騎士たちは毎年、聖霊降臨祭(キリスト教のお祭り)の日に、アーサー王の前で誓いを立てました。「聖霊降臨祭の誓い」と呼ばれるもので、中身はこんな感じです。
- 乱暴なふるまいや人殺しをしないこと
- 決して裏切らないこと
- 残酷にならず、許しを求める者には慈悲を与えること
- 貴婦人や娘たち、困っている女性を必ず助けること
- 間違った争いには、たとえお金や法のためでも加わらないこと
強いだけではダメで、人として正しくふるまうことが求められていたんですね。これが、のちに「騎士道」と呼ばれる考え方の手本になっていきます。
さらに円卓には、あのユダの席、「危険な座」がありました。ふさわしくない者が座ると、呪いで命を落とす席です。ロベール・ド・ボロンの版ではパーシヴァルが、マロリーなどの版ではランスロットの息子ガラハッドが、ついにこの席に座ることを許されます。それは、聖杯探索の始まりを告げる合図でした。

円卓の騎士は何をしたのか
では、選ばれた騎士たちは何をしていたのか。大きく分けると三つです。
一つ目は、国をまとめる戦い。アーサーを王と認めない王たちや、攻めてくるサクソン人と戦い、ブリタニアを一つにまとめました。物語によっては、海を渡ってローマ皇帝ルーシャスまで倒してしまいます。
二つ目は、冒険。円卓の騎士たちは、困っている人の話を聞くと一人で旅に出て、悪い騎士を倒したり、とらわれた人を助けたりしました。そして帰ってくると、うまくいったことも失敗したことも、ありのまま宮廷で報告したといいます。アーサー王物語の大部分は、この騎士一人ひとりの冒険話でできているんです。
三つ目が、最大の冒険、聖杯探索。ある聖霊降臨祭の日、円卓の広間に聖杯がふっと現れて消え、騎士たちは「聖杯を見るまで探し続ける」と誓って一斉に旅立ちました。

アーサー王物語のあらすじは、アーサー王物語のあらすじの記事でくわしく紹介しています。
円卓のいいところ、弱いところ
ここで、円卓という仕組みそのものを考えてみましょう。
いいところは、なんといっても「みんな対等」というメッセージです。上下がないから、席順のケンカが起きない。王が一段高いところから命令するのではなく、同じテーブルを囲んで話し合う。誇り高い騎士たちも、これなら顔を立ててもらえます。
さらに、「円卓の騎士である」ことそのものが最高の名誉になったので、各地から腕に自信のある騎士がどんどん集まってきました。お金や土地ではなく、名誉と誓いでつながったチーム。だからこそ、騎士たちは命がけで王のために戦えたんです。
でも、弱いところもありました。
まず、上下がないということは、誰がいちばんかを決める仕組みがない、ということでもあります。席順のケンカはなくなっても、「誰がいちばん強いか」「誰がいちばん手柄を立てたか」という競争は、むしろ激しくなっていきました。
次に、円卓の中にも「派閥」がありました。ガウェインとその兄弟たちのオークニー一族と、ランスロットとそのいとこたちの一族です。普段は仲間でも、何かあれば身内の味方につく。対等なテーブルの下に、見えない線が引かれていたんです。
そして、王より強くて人気のある騎士がいたこと。円卓いちばんの騎士ランスロットは、アーサーの親友であり、同時に王妃の恋人でもありました。誓いでつながったチームは、その誓いが一つ破れたとき、とてももろいんです。
円卓が得たもの、失ったもの
円卓のおかげで、アーサーは多くのものを手に入れました。ブリタニアの平和、ローマにも負けない名声、そして誰も成しえなかった聖杯の発見。円卓の騎士は、キリスト教世界でいちばんの騎士団として語られるようになります。
でも、そのいちばん輝いた瞬間から、円卓は崩れ始めました。
聖杯探索に旅立った騎士たちの多くは、二度と帰ってきませんでした。命を落とした者、道に迷った者。聖杯にたどり着いたガラハッドとパーシヴァルも、そのまま天に召されてしまいます。旅立ちの日、アーサー王は「これほどの騎士たちがそろうことは、もう二度とないだろう」と涙を流したといいますが、その予感は当たってしまいました。
追い打ちをかけたのが、ランスロットと王妃グィネヴィアの恋が明るみに出たことです。王妃は火あぶりにされかけ、ランスロットが救い出しますが、その混乱の中でガウェインの弟ガレスとガヘリスを斬ってしまいます。ガウェインは復讐を誓い、円卓はランスロット派とアーサー派に真っ二つに割れました。

アーサーがランスロットを攻めるために国を留守にしたすきに、モルドレッドが王座を奪います。最後のカムランの戦いで、アーサーとモルドレッドは相討ちに。円卓の騎士のほとんどがこの戦いで倒れ、生き残ったわずかな騎士たちも、やがて修道院に入っていきました。
一説には、そのあと攻め込んできたコーンウォールのマーク王が、主のいなくなったキャメロットで円卓そのものを壊してしまったともいわれます。席順のケンカをなくすために作られた円卓は、最後は仲間どうしの争いで終わってしまったんです。
物語から現実へ。本物の円卓が作られた
円卓の騎士の話はあまりに人気が出たので、中世のヨーロッパでは、本物の王さまや貴族たちがそのまねを始めます。
13世紀ごろから、各地で「円卓」と呼ばれるお祭りが開かれるようになりました。騎士たちが馬上槍試合をしたり、踊ったり、宴会をしたりするイベントで、参加者が円卓の騎士になりきることもあったそうです。
先ほどお話ししたウィンチェスターの円卓も、そんな流れの中で生まれたもの。直径約5.5メートル、重さは約1.2トンもあります。年輪を調べたところ、木材は1250年から1280年ごろのもので、イングランド王エドワード1世が開いた馬上槍試合のために作らせたと考えられています。
1344年には、エドワード3世が「アーサー王の円卓の騎士団を復活させる」と宣言しました。この計画は実現しませんでしたが、数年後に作られたのが、今もイギリスで最も名誉ある騎士団とされる「ガーター騎士団」です。
そして16世紀、ヘンリー8世がウィンチェスターの円卓に今の絵を描かせます。真ん中にはテューダー家のバラ、上には玉座に座るアーサー王。ところがこのアーサー王の顔、実はヘンリー8世自身に似せて描かれているといわれています。ウェールズにルーツを持つテューダー家にとって、ブリトン人の英雄アーサーは、自分たちの正しさを示すぴったりの看板だったんですね。

円卓の騎士から学べること
最後に、円卓の騎士の物語から、今の僕たちが学べることを考えてみます。
① 「形」を変えると、人の関係が変わる アーサーは、家来たちに「ケンカするな」と命令するのではなく、テーブルの形を変えました。言葉で説得するより、仕組みを変えたほうが早いこともある。会議の席順や話し合いの進め方ひとつで、場の空気はがらりと変わりますよね。
② チームをつなぐのは、お金より「誇り」と「約束」 円卓の騎士たちを動かしたのは、名誉と誓いでした。「このチームの一員でいたい」と思える何かがあると、人は思った以上の力を出せます。
③ でも、対等なだけでは争いはなくならない 上下をなくしても、競争や派閥は生まれます。対等なチームこそ、もめたときにどう決めるのか、誰がまとめるのかを考えておかないと、いざというときに割れてしまいます。
④ 大きすぎる目標は、チームを輝かせ、そして空っぽにする 聖杯探索は円卓のいちばんの名誉でしたが、同時に、いちばん多くの仲間を失った旅でもありました。みんなが同じ夢を追いかけて出て行ってしまうと、足元を守る人がいなくなる。夢と日常のバランスは、昔から難しいものなんですね。
⑤ 崩れるときは、外からではなく内側から 円卓を倒したのは、ローマ皇帝でもサクソン人でもなく、仲間の恋と、怒りと、裏切りでした。どんなに強いチームも、小さな秘密やわだかまりを放っておくと、ある日一気に崩れてしまいます。
上座も下座もないテーブルに、選ばれた騎士たちが並んで座る。そのまぶしい理想と、それでも人は争ってしまうという現実。その両方を描いているからこそ、円卓の騎士の物語は、800年以上たった今も色あせないのかもしれません。
アーサー王の物語を最初から最後まで知りたい方はアーサー王物語のあらすじの記事を、アーサーのモデルかもしれないウェールズの王さまたちについては北ウェールズの王様たちの記事をどうぞ。ウィンチェスターの円卓に自分の顔を描かせたヘンリー8世の一族については、テューダー家の発祥の記事で紹介しています。アーサーが生きたかもしれない時代の流れは、ブリタニア時代の記事でまとめています。





