決戦の前夜に帰っちゃった王? 「戦いをよける者」カドヴァエル・カドメッズ

「戦いをよける者」。こんなあだ名をつけられた王さまがいたら、ちょっと気になりませんか?
7世紀のウェールズに、まさにそう呼ばれた王がいました。名前はカドヴァエル・カドメッズ。しかも、王家の血を引かない、どこの誰かもよく分からない人物だったといいます。
大事な決戦の前の夜に、軍を連れてこっそり国へ帰ってしまった。その一晩のせいで、1300年以上たった今も汚名が消えない王さまのお話です。
なお、これからお話しする内容は、中世の年代記や伝説などをもとに僕の解釈も加えたものです。物語としてお楽しみください。
英雄王が倒れたすきに
634年、北ウェールズの王国グウィネズに激震が走ります。宿敵エドウィンを倒した英雄王カドワロンが、ノーサンブリアのオズワルドとの戦いで命を落としたのです(カドワロンの記事)。
「これはチャンスだ!」
そう動いたのが、カドヴァエルでした。伝承によると、彼は幼い王子カドワラドルを国の外へ追いやり、すばやく王の座をつかんだといいます(カドワラドルの記事)。
グウィネズは、建国者キネダ以来、ずっと同じ一族が治めてきた国です。そこへ王家とは関係のない人物が座ったのですから、これは大事件でした。ウェールズの古い言い伝えでは、カドヴァエルは「よそ者の息子」から王になった三人の一人に数えられ、「三人の農民王」と呼ばれることもあります。

前の王さまと、まったく同じ道を
当然、国の中には反発もあったはずです。ところがカドヴァエルは、意外なほど上手に立ち回りました。
やったことは、前の王カドワロンとほとんど同じです。
- 東の強国マーシアの王ペンダと、同盟を結び直す
- 北のノーサンブリアと戦い続ける
- 領土を広げるチャンスを狙う
「前の王さまと同じことをしているなら、文句は言えないよね」というわけです。なかなかの世渡り上手ですよね。
この作戦はうまくいきます。642年ごろ、ペンダとウェールズの連合軍は、カドワロンを倒したあのオズワルドを戦場で討ち取りました。グウィネズにとっては、先代の仇討ちでもありました。

いざ北へ、大遠征
それでも、ノーサンブリアはしぶとい相手でした。オズワルドのあとを継いだ弟のオズウィが、北のバーニシアを拠点に勢力を保っていたのです。
ちなみにこのバーニシア、名前のもとはブリトン人(ウェールズ人の祖先)の言葉だと言われています。かつてはブリトン人の土地だったところで、取り戻せば大きな意味がありました。
655年、ペンダはマーシア、ウェールズなどの大軍を率いて北へ攻め込みます。カドヴァエルもその一人でした。
連合軍の勢いはすさまじく、オズウィはついに和平を願い出ます。かつて北のブリトン人の国から奪われた宝物も返され、ウェールズの兵たちは大喜びしたといいます。
決戦の前夜、カドヴァエルが消えた
ところが、話はここで終わりません。
引き上げていく連合軍を、オズウィが不意打ちしたのです。決戦の場はウィンウェドという地でした。
そして、その前の夜。カドヴァエルは自分の軍を連れて、こっそり陣を抜け出し、国へ帰ってしまいました。

命が惜しくなったのか、故郷が恋しくなったのか、それとも負けると読んだのか。理由は分かっていません。
翌日の戦いで、連合軍は大敗。同盟の中心だったペンダは戦死してしまいました。北の戦いはオズウィの勝利で決着し、ウェールズの王たちが北で暴れまわる時代は、ここで終わりを迎えます。
「戦いをよける者」
この一件で、カドヴァエルについたあだ名が「カドメッズ」、つまり「戦いをよける者」です。
実は「カドヴァエル」という名前自体には、「戦いをつかむ者」という意味があります。「戦いをつかむ者」が「戦いをよける者」と呼ばれる。なんとも皮肉な話ですよね。

その後のカドヴァエルがどうなったのかは、記録に残っていません。655年の戦いのあと、まもなく王の座から消えたと考えられています。伝承では、カドワラドルの息子イドワルが国を取り戻したとも言われます。
カドヴァエルはどんな人物だったのか
カドヴァエルの話を伝えているのは、事件から180年ほどたってから書かれた歴史書です。本当に仲間を見捨てて逃げたのか、それとも負け戦を見抜いて兵を守ったのか。今となっては分かりません。
ただひとつ言えるのは、たった一晩の行動が、その人の評価を1300年以上も決めてしまったということです。前の王の路線をそつなく引き継いだ世渡り上手でもあったのに、残ったのは「戦いをよける者」というあだ名だけでした。
もしあの夜、カドヴァエルが陣に残って戦っていたら。彼の評価も、ウェールズの歴史も、少し違っていたかもしれません。
カドヴァエルの前の王についてはカドワロンの記事、王座を奪われた王子についてはカドワラドルの記事で紹介しています。この時代のウェールズ全体の流れはブリタニア時代の記事をどうぞ。





